市内のラーメン店や飲食店の店主、

それに市民有志などを中心に結成した

被災地ボランティアチーム「信州小諸ラーメン応援隊」。

先月25日、

能登半島地震の被災地である石川県七尾市の避難所で

炊き出しなどのボランティア活動を行いました。

 

現地で活動を行ったのは、小諸市内の飲食店主や

商工会議所青年部のメンバーなど有志15人。

石川県七尾市の避難所で、

ラーメン500杯、牛すじ丼200食、

コーヒー1000杯などを

振る舞いました。

 

今回の活動は、

被災地へ温かな炊き出しと共に思いを届けられないかと

市民有志らの思いが結集して実施されたものです。

石川県全域に対しボランティア団体登録をしたところ、

七尾市から支援要請があり

有志らが「信州小諸ラーメン応援隊」を結成しました。

 

竹内さん

「小諸市の姉妹都市である

富山県の滑川市にあります

田中小学校も当時の情報ですと

かなり被害に遭われているということで

市議の楚山議員の方から

温かいものを届けようじゃないかと提案があって

向かう話だったんですけど、

やはり現地の情報を聞きましたら

さほど被害は大きくなく

逆に滑川市の方から石川県へ

支援へ向かっているということで

我々も石川県全土に向けて

支援を温かいラーメンを届けよう

という気持ちで結成しまして、

要請が来て向かったと

そういった経緯でございます。」

活動の情報を聞きつけ、

市民から1万枚以上の

貼るカイロが寄せられた他、

小諸商工会議所から

御牧ヶ原ポタージュスープ1000食分、

商工会議所塩川会頭から

2リットル入りのペットボトルの水300本、

その他、虹心家などによるお菓子300個、

布引いちご園のいちご60パックなど、

たくさんの支援が集まりました。

 

竹内さん

「いずれかの場所からの要請がなければ

現地には向かえない状況ですので

たまたま我々に

ラーメンの炊き出しの要請があったので

七尾市に出向くことができました。

市民の皆様もすぐにでも

物資を届けたい方が多かったと思うんですけど

個人で現地に向かうことはできませんので

そういった市民の皆さんの思いというのが

物として形になったのは嬉しく思いました。

ただ現地の状況が

行ってみないと分からなかったので

衣類、食べ物が本当に必要かというのは

分からなかったので

ホッカイロただ一つに絞らせてもらったら

ものすごい約1万枚以上のホッカイロが集まって

皆さんの思いが形になって

とてもうれしく思いました。

とてもこの寒い時期に

皆さん被災されていますので

とにかく1秒でも早く

温かいラーメンを食べていただきたい

そんな思いでアクセルを踏み込んでいました。」

 

当日は深夜3時に小諸を出発。

午前10時頃から6時間ほど

滞在し炊き出し支援を終えて

小諸に戻ったのは深夜1時過ぎ。

22時間の強行スケジュールとなりましたが

メンバーたちは充足感で

いっぱいだったようです。

 

竹内さん

「後から聞いた話なんですけど

お水が本当に大事なものなので

皆さん1日に3回ほど

給水車が来る時間に合わせて

お水を取りに来るんですけど

とても貴重なお水ですので

例えばそれを沸かして

カップラーメンに入れるとか

お湯にするとか

とてももったいなくて

できないそうなんですね。

だから本当に遥かぶりの

温かいラーメンを

食べることができたということで

もちろん飲食店さんも

一軒も営業できていない状況ですので

やはり温かいものを熱々のものを

食べるというのは

なかなか難しい状況ですので、

非常に嬉しいと心も満たされると

そんな言葉をかけていただきました。

本当に勢いだけと言いますか

とにかく自分にできることを

現地にいって届けたい

という思いだけだったんですけど

皆さん心から喜んでくださる

ラーメンというものが

ここまで人の役に立てたということが

まだこれで終わりではないんですど

まずは皆さんの顔が見れたこと、

また被災された方も我々の活動通じて

少しでも安心してくれたのかな

そんな意思疎通ができたような気がします。」

 

竹内さんらは今後も要請があれば、

仲間と協力して

支援を継続していきたいとしています。

 

竹内さん

「現地に行かなければ分からないこと

現地に行って知れたこと

本当にそんなことばかりでした。

東日本大震災の時も現地に行って

感じたこともあったんですけど

これから皆様仮設住宅であったりとか

まだまだ七尾市の水が復旧するのも

春ごろまでかかるというようなそんな話も

現地で聞くことができましたので、

まだまだ皆様十分な生活が

できないとは思うので

これからも継続的な支援、

僕にはラーメンを作って

届けることしかできないんですけど

これからも皆様に要請があれば

ラーメンを届けていきたいなと思っています。

また市民の皆様におかれましては

沢山のホッカイロを届けてくださいまして

この場を借りて改めて感謝を申し上げます。

本当にありがとうございました。」