『小山敬三美術館友の会美術講演会(24.9.1)』

           
        Posted on 2024年 9月 24日      
     
       
小山敬三美術館友の会主催の 美術講演会が 9月1日(日)、 小諸高原美術館・白鳥映雪館で開かれました。
この「美術講演会」は、 小山敬三美術館友の会が、 新規会員の開拓や 絵を描く人、 絵が好きな人のヒントになればと 毎年、この時期に開催中の 「人物写生会展」にあわせて 企画しているものです。
この日は、 人物写生会展で出品された作品を 前に講演会が行われ、 友の会の会員をはじめ 県内外からおよそ55人が集まりました。
今回のテーマは 「水彩の明星」。 東御市にある 丸山晩霞記念館の館長 佐藤聡史さんを講師に、 近代日本を代表する水彩画家、 丸山晩霞を中心とした 水彩画家たちについて詳しく学びました。
丸山晩霞は 水彩画全盛期の明治から大正にかけ 大下藤次郎、三宅克己と共に 「水彩の三明星」 と呼ばれた一人です。 のちに小諸義塾の 図画教師も勤めました。
佐藤さんはまず、 水彩画が全盛期になるまでの 歴史について解説しました。 水彩技術は江戸時代末期、 イギリスから伝わったものです。 明治に入り、 「明治美術会」の発足を皮切りに 洋風美術が盛んに。 日本で洋風化が進む一方、 海外では浮世絵ブームが到来しました。   それを逆手に取り、 日本の洋風画家たちが次々に渡米し、 現地で開催した展示会での資金を手に ヨーロッパ留学へ。 ヨーロッパ留学を夢見る丸山晩霞も 交友のあった 三宅克己のすすめから 後を追うように アメリカへ飛び立って行ったと言います。
佐藤さんは、 三宅克己と小諸とのかかわりについても 紹介しました。 三宅克己は晩霞の絵にひかれ、 信州の風景を描きたいと志し、小諸へ。 住んでいる間の働き口として 晩霞から紹介され、 小諸義塾の図画教師として 赴任しました。
また、講演の中では、 島崎藤村の信州を題材にした 千曲川のスケッチ誕生の 秘話についても明かされました。   この日は講演中、 丸山晩霞記念館所蔵の絵画も展示。 参加者たちは 丸山晩霞と三宅克己の 貴重な絵画を見て 水彩画の淡く温かみのある世界を 肌で感じている様子でした。   講演会部 副部長 志摩さん 「ことしの講演会は 佐藤館長が大変興味深くて また話し方がとても楽しくて、 引き込まれるような講演だったかと思います。 地元の美術愛好家たちが ほとんどなので そういった絵の歴史とかですね。 また郷土の画家の小山敬三画伯とか、 今回の丸山晩霞みたいな人の名前は 知っていると思うんですけど、 きょうみたいな説明で その人の生きてきた時代だとか 日本画や洋画のブームがあったり 水彩画のブームがあったりとかですね。 100年近く前のお話ですけど そういった話を聞いて、 私たちが毎日絵を描いたり楽しめるのは そういった前人の若い時の バイタリティとか そういうヨーロッパとか アメリカに出ていくという努力とかが 元になって 私たちが今楽しく絵が描けるんだな と感じている所です。」   講演の最後には 質疑応答の時間も設けられ 水彩画や丸山晩霞について 理解を深める時間となりました。
     
   
 
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