『のぞみグループ 新たに障害者福祉サービス事業立ち上げ (26.4.2)』

           
        Posted on 2026年 4月 14日      
     
       

小諸や佐久などで、

介護・福祉・医療などの事業を手掛ける

「のぞみグループ」。

グループ内の社会福祉法人のぞみ福祉会では、

ことし新たに、障害者福祉サービス事業として、

共同生活援助事業を立ち上げます。


今回新たにのぞみグループが

開始する共同生活援助事業は、

身体障害者や知的障害者、精神障害者などを

対象とするグループホームです。


市内和田にあるグループ所有のマンションの

3階部分を活用し、

現在8部屋あるうち7部屋を居室に。

1部屋は交流室として運用する計画です。

名称は「のぞみホーム」。

ことし6月1日に開設予定です。


新規事業立ち上げの理由や今後の展望などについて

のぞみグループの甘利代表にお話を伺いました。


甘利庸子代表

「私は最初薬局をやってそれから

自分の両親のことがあって介護をやって

次に子どもたちのことを考えて

保育園など子どもの事業をやって、

そうしている間に8年前くらいから

スタッフの中でも、地域の方たちからも

自分たちがいなくなった後に

この子たちを残していって死ぬに死ねないと。

この子たちのために施設をつくってほしいという

相談をたくさん受けるようになったんですね。

なかなかチャンスやきっかけが

なかったんですけれども、グループとしても

そういう障害の方を何とか受け入れて

対応できるような体制ができてきたということと

障害事業の専門のベテランが

うちに入社してくれたということがきっかけで、

じゃあまず最初は小さなもの。

何か新しい建物を建てたりではなくて、

グループで持っている和田にある

ワンルームマンションの3階のフロアを1回使って、

1、2階が住宅型有料老人ホームで

夜も夜勤者が2人いるので、

そこの3階を使ってまずは小さな

日中介護サービス包括型という

昼間はそこにいらっしゃる方たちは

就労支援だとか作業所とかに行って

ご自分のできることで社会とつながって

少しでもお金を稼ぐという、

そういう社会とつながる生活をしていただく。

土曜日曜や夜はそこで過ごす。

ワンルームマンションは

8室あるんですけど、ワンフロアに。

真ん中を事務所と共有スペースにして、

両側をワンルームマンションで残して、

見守りをしっかりして。

あとはご自分で過ごしたり、

親御さんも最初はなかなか1人で

こういうところに手放せないと思うんです。

だから慣れるまでは自由にそこに

泊まっていただいたりしてもいいし、

土日はお家に帰ったりしてもいいし、

無理なく馴染んでいただいて、

馴染んだ頃にもし万が一、

親御さんがケアができなくなったという時には

そのころには自立して社会とつながりながら、

見守りながら生活できるかなというところで、

第一段階としては夜は1人で過ごせて昼間は

そういうところに行ってという方たちの

住まいということでグループホームを考えています。

第一段階としてはまずそこはできることで、

今緊急に住まいが必要とかそういう方たちは

まずここで安心していただけると思うんです。

第二段階として社会福祉法人のぞみ福祉会の

特養のとなりに空いている土地があるんですね。

そこの土地を使って今度は日中も

ずっと介護していく。

夜勤者がいて、昼間も介護スタッフがいて。

重度な方たちがそこで朝も昼も夜も

お世話しながら自分らしく生きていけるという

住まいを作ろうと考えています。

和田にのぞみグループの本部があって、

ここにはスーパーが近くにあるし、

ここの地域の方は社会福祉法人のぞみ福祉会の

特養やケアハウスも温かく見守ってくださって、

その斜め前にはのぞみの家という

グループホームもあって、そこの方たちがお散歩したり、

保育園の子たちがお散歩したりというところを

この地域の方たちが見守ってくださっているんですね。

この地域だったら温かく周りの方たちが見守る中で

障害をお持ちでも地域とつながって自分の力で

社会の一員としてできることをやりながら、

周りからありがとうと言ってもらえる環境を

作り出せる場所かなと。

のぞみグループはことし35周年を迎えるんですね。

私一代で小さな薬局から始めて、

今目の前に困った方がいらしたり、

私が必要だと思えることを

とにかく実現してきて今ここにあって。

まだまだ私たちが果たすべき使命というんですか、

まだまだやるべきことがたくさんあるなと。

ここでのぞみグループだからできる、ワクワク楽しい、

新しい障害事業というものもやりたいし、

障害事業って今まで難しいしイメージ的に

暗いイメージもあったんだけど、

利用する方もみんながワクワク楽しいものを作って。

私がいなくなった後のこの日本、長野県とか、

小諸市をそのあとの今の孫たちの世界に安心して。

生きているって楽しいと思えるような

ふるさとをつくってあげる。

そういう日本を作るということが

私たち世代の役割であり責任だと思っていて、

そう考えると新しいやるべきことが

次から次へと浮かんできて。

どこまで実現できるかわからないですが

一つずつ着実に実現していきたいと思っています。」

     
   
 
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