『芝生田区介護予防教室(26.4.15)』
芝生田区の介護予防教室が
4月15日(水)に開かれ、
元教育長の柳沢惠二さんが
芝生田の歴史について講演しました。
この日の介護予防教室には、
区民らおよそ50人が集まりました。
この日講師を務めたのは、元教育長で、
芝生田区に住む栁沢惠二さんです。
栁沢さんは自身がこれまで調べてきた
芝生田区の歴史について詳しく解説しました。
栁沢さんは歴史の中で芝生田の名が
初めて出てくるのは
永享8年・1436年だとして、
小笠原政康が岩村田の大井氏とともに
滋野の芦田氏を討伐した際に
別府城とともに追落したとあると説明。
かつて平安時代、天王に馬を供給するための
重要な役割を担っていた
「信濃の御牧」のひとつ、
「新治牧」の範囲に芝生田区もあり、
そのうちの一群がのちに武士団化して
一帯が芝生田城になった可能性がある。
と指摘しました。
栁沢惠二さん
「中林という下にここに石垣が残っているんですね。
どうもここだったんじゃないか。
芝生田城の館というのは。
多分畑として使っていたんだろうけど
その前はここに建物があっただろうと
思われるんです。」
さらに伝えられている芝生田城跡には
城跡の形跡がないことなど、様々な疑問も提示し、
城跡と言われている場所に建てられている
石碑文の意味なども
くわしく解説しました。
参加した人たちは、
自分たちの住む区の新たな歴史の解明に
興味深そうに聞きいっていました。
(ロング)9秒
この日の介護予防教室には、
区民らおよそ50人が集まりました。
(栁沢さん)17秒
この日講師を務めたのは、元教育長で、芝生田区に住む
栁沢惠二さんです。
栁沢さんは自身がこれまで調べてきた
芝生田区の歴史について詳しく解説しました。
(講話の様子・スライド4の抜き)22秒
栁沢さんは歴史の中で芝生田の名が初めて出てくるのは
永享8年・1436年だとして、
小笠原政康が岩村田の大井氏とともに
滋野の芦田氏を討伐した際に
別府城とともに追落したとあると説明。