『考古学フォーラム 「あらわれた浅間山麓の晩期 縄文人」(22.11.27)』
この講演会は、晩期縄文人の食生活や 七五三掛遺跡などについて学んでもらおうと 小諸市教育委員会と佐久考古学会が開いたものです。 会場のステラホールには、のべ200人が来場。 講師は佐久考古学会の会員や 大学教授など7人が務めました。
そのうち東京大学総合研究博物館の米田穣教授は 小諸市総合体育館裏にある 七五三掛遺跡で見つかった縄文人骨と 雑穀利用の関係性について研究結果を紹介しました。
「私はこの発見はすごくもっとですね、 重要な研究に結びつく発見だという風に考えていて 人間が食料を生産して生活し始めたというのが、 どういう歴史的な意味があるか世界中で そういう研究されていて 人類の地域に結びついた人類全体の歴史のことを 人類史という風に呼んだりしますが 人類史に迫ることができるすごく重要な発見を この小諸の地ですることができたという風に考えていますので。 人類の進化のなかで、雑穀を食べ始めた。 でもちょっとしか食べていない。 それはどういう意味があるのかというのを お話できればなと思います。」
米田教授は 「晩期縄文人は雑穀を受け入れたが、 低水準食料生産という縄文時代の延長線上の生活をしていた。 彼らは役に立つ技術を 主体的に選択したのではないか」と説明。
また「七五三掛遺跡の人骨は 弥生時代までの移り変わりをひも解く重要な材料になる」 などと話しました。
訪れた人たちは、身近な場所での大発見を学ぼうと、 真剣に耳を傾けていました。