『白鳥映雪画伯はどんな人?素顔の映雪トークイベント (19.8.24)』
小諸市教育委員会が主催し、 長野県地域発元気づくり支援金活用事業として行われた、 この日のトークイベント。 白鳥映雪画伯の人となりを知ることで、 画伯を身近に感じ、 作品をより深く鑑賞してもらいたいという思いから 開かれました。 この日は、白鳥映雪画伯の娘にあたり、 画伯の創作活動を長年支えてきた白鳥アキ子さんが登壇。 小諸高原美術館 学芸員の白鳥純司さんと共に 画伯の業績や、 創作活動に向き合う姿などを振り返りました。 明治45年、市内 滝原に生まれた白鳥映雪画伯。 若くして日本画家の伊東深水に師事し、 生涯に渡り美人画を描き続けました。 日展で特選や内閣総理大臣賞を受賞し、 平成9年には日本芸術院会員になるなど、 日本画壇の最高峰に登り詰めました。
その成功の影では、様々な試練が画伯を襲いました。 愛する娘の死や、脳梗塞による右半身の麻痺。 しかし、画伯は、どんな時も絵を描くことを辞めませんでした。
白鳥アキ子さん 「なんとか車いすに乗れるようになったある日ですね、 父が「色鉛筆を持ってきてくれないか」って言うんです。 屋上に行って、駒沢公園を、 競技場とかその周りを左手でスケッチし始めたんです。」
父として、一人の画家として、 画伯の創作活動を見守ってきたアキ子さん。 白鳥映雪画伯は 「生まれるべくして生まれた画家」と思いを語りました。
白鳥アキ子さん 「本当に一緒にいて分かるんですが、 絵が好きで好きでたまらないんですよね。 生前、父はですね、 「絵を描くことにストレスを感じたことはないんだよ」 って言ったんですけど、 この言葉ってすごいなって思います。 作品を見る度に人としての父、 白鳥映雪が追求する美の世界が、 1つ1つを感動させてくれるんです。 物語からなにから制作している姿から。 生まれるべくして生まれた画家というか。 私にとっても素晴らしい画家だと思っておりますね。」
集まった人たちは、 作品に込められた思いや、 困難に屈せず描き続けた画伯の人となりに、 感慨深そうに聞き入っていました。 白鳥アキ子さん 「描き始めたら貫き通す。安らぎもそうですけど、 本当描けなかったんですね。 それなのに、描きだしたら、 姉の姿すべてを描き表した良い作品になったっていう。 それはもう、私も尊敬してます。 素晴らしいと思っています。 どこからそういう精神力が出てくるのかっていうぐらいの、 素晴らしい作品に仕上がってるっていうのは、 やっぱり、画家になる前に、 人間として奥深い心意気っていうか、 作品を描くその気持ちですよね。 その気持ちがただの画家の表面じゃなくて、 中から出るもの、想像力であったり、 根性もすごいし、そういうところじゃないですかね。」