『涌玉用水金庫開き(17.9.19)』

           
        Posted on 2017年 9月 27日      
     
       
市区、耳取区、和田区の農業用水として使われている涌玉用水。 開発された江戸時代初期から現在に至るまで、 地域住民に守り継がれています。 その涌玉用水について記された古文書などが、 20日(火)、保管されている金庫から出され、 虫干しが行われました。  
御代田町から小諸へ続く水源である「涌玉用水」。 江戸時代初期の1620年に、 市村、耳取村、和田村の 3村の農業用用水として開発されました。 現在までのおよそ400年間、 地域住民によって大切に守り続けられています。
この日、市区農事集会所で行われた「虫干し」は、 金庫に保管されている涌玉用水に関する資料を 風通しのよい場所に移し、 虫の被害を防ぐ作業です。 貴重な資料を後世に残していこうと、 涌玉用水管理委員会によって、 毎年秋に欠かさず続けられています。
保管されている資料は全部で12点。 資料の多くは、 当時の涌玉用水を管理する地域と 上流を流れる御影用水を管理する地域との 水争いに関するものです。
これは、江戸時代に書かれた 水争いの裁判の判決記録の写しです。 判決記録として残る1番最後の資料とされています。
「双方立ち合い水丈を決めよ」。 公平に水を使用できるよう、 話し合いを設けることを促す文書が残されています。
また、水争いがおこった際、涌玉用水の流れを証明するため、 江戸時代に記録された絵図も残されています。
現在の御代田町 馬瀬口あたりで 涌玉用水と御影用水が合流し、 またそれぞれの村へ分岐していることが読み取れます。
     
   
 
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