『涌玉用水金庫開き(17.9.19)』
御代田町から小諸へ続く水源である「涌玉用水」。 江戸時代初期の1620年に、 市村、耳取村、和田村の 3村の農業用用水として開発されました。 現在までのおよそ400年間、 地域住民によって大切に守り続けられています。
この日、市区農事集会所で行われた「虫干し」は、 金庫に保管されている涌玉用水に関する資料を 風通しのよい場所に移し、 虫の被害を防ぐ作業です。 貴重な資料を後世に残していこうと、 涌玉用水管理委員会によって、 毎年秋に欠かさず続けられています。
保管されている資料は全部で12点。 資料の多くは、 当時の涌玉用水を管理する地域と 上流を流れる御影用水を管理する地域との 水争いに関するものです。
これは、江戸時代に書かれた 水争いの裁判の判決記録の写しです。 判決記録として残る1番最後の資料とされています。
「双方立ち合い水丈を決めよ」。 公平に水を使用できるよう、 話し合いを設けることを促す文書が残されています。
また、水争いがおこった際、涌玉用水の流れを証明するため、 江戸時代に記録された絵図も残されています。
現在の御代田町 馬瀬口あたりで 涌玉用水と御影用水が合流し、 またそれぞれの村へ分岐していることが読み取れます。