『民間で始まる蚕糸業ものがたり 第8弾移動企画シリーズー諸ものがたりー(23.10.29)』
明治から昭和にかけて、蚕糸業で栄えた小諸。
その歴史を知ってもらう移動企画シリーズの第8弾
「諸ものがたり」が
10月29日(日)諸公民館で行われました。
この移動企画は、 NPO法人「糸のまち・こもろプロジェクト」が 明治から昭和にかけて、蚕糸業で栄えた小諸の歴史を 知ってもらおうと おととしから定期的に行っているものです。
この日は、市内外から訪れた人や プロジェクトの会員など あわせておよそ130人が参加。
第8弾となる今回は、「諸ものがたり」と題し、 小諸の蚕糸業を支えた 製糸場「純水館」の始まりの地である 諸を舞台に、 純水館の誕生の理由や製糸業に必要な 水の大切さなどについて 改めて学ぼうと、企画されました。
純水館は、創始者の小山久左衛門が、 器械製糸業を地域の産業として発展させようと、 明治23年、当時の大里村諸に「第一純水館」として 建設したのが始まりです。
製糸工場の建設には水車の動力源や繭を煮るのに適した 良質な大量の水と広い土地が必要。 「弁天の清水」を始め、豊富な水があり、傾斜が続く諸は、 製糸業を営むには最適な場所で、 小山久左衛門はこのことから諸での操業を始めました。
諸の「第一純水館」は工場拡大に伴い 明治35年に閉鎖されますが、 その後、地元の餐場喜一郎氏が 「諸純水館」として引き継ぎ、 昭和5年まで操業を続けました。
この日は 駒沢大学文学部地理学科教授の鈴木秀和さんが 「水の恵み~浅間山麓の水の豊かさについて~」 と題して講演。 その中で鈴木教授は、 諸の「弁天の清水」についてこう話しました。
さらに鈴木さんは、 「弁天の清水は、 標高およそ1400メートルの高峰山中腹で降った雨や雪が、 40年から50年かけて、今湧き出している。」などと 過去の調査結果から推定し説明しました。
この他にも小諸市に 硬水と軟水が共存する理由などについて解説し、 訪れた人たちは興味深そうに耳を傾けていました。
鈴木さんの講演に続いて、 コミュニティテレビこもろ報道制作部長の 後藤理恵チーフキャスターが演台に立ちました。
後藤キャスターは、 諸に出来た第一純水館にまつわる歴史などについて、 2007年に制作した番組 「シルクの里小諸 純水館ものがたり」の一部の上映を交えて 説明しました。
講演に続いて、後藤キャスターの案内で 諸区内のまち歩きも実施。 参加者らは、諸に製糸工場ができた 最も大きな理由であった 「弁天の清水」を見学した他、 第一純水館閉鎖後、諸純水館として 経営を引き継いだ 餐場喜一郎氏の子孫が暮らす家で 「諸純水館」の資料などを 見て回りました。
かつて工場があった場所なども回り、 参加者らは製糸業が盛んに行われていた時代に 思いをはせている様子でした。
清水さん 「諸は純水館発祥の地でございますので、 どういう風に企画をしたらよいかと 一番長く深めていたところでございまして、 今回は三味線の弦が絹、 そしてお水がなければ生糸ができない、 そして後藤理恵さんのまち歩き、楽しかったです。 とても歴史を知ると昔のこと、 先人に学ぶことがとてもあって、 とても温故知新、新しきを知る。 そして諸はロマンを兼ね備えた場所だと思っております。 たくさんの方にお出でいただいて、 会場がいっぱいで本当にありがとうございました。 第9弾は渋沢栄一資料館に二階建てバスツアー。 そしてその後は新しい時代に向けて、 デジタル化、資料を どういう風に公表していくのか こういったことを深めていく方が 集まってきていますので楽しみです。」
この移動企画は、 NPO法人「糸のまち・こもろプロジェクト」が 明治から昭和にかけて、蚕糸業で栄えた小諸の歴史を 知ってもらおうと おととしから定期的に行っているものです。
この日は、市内外から訪れた人や プロジェクトの会員など あわせておよそ130人が参加。
第8弾となる今回は、「諸ものがたり」と題し、 小諸の蚕糸業を支えた 製糸場「純水館」の始まりの地である 諸を舞台に、 純水館の誕生の理由や製糸業に必要な 水の大切さなどについて 改めて学ぼうと、企画されました。
純水館は、創始者の小山久左衛門が、 器械製糸業を地域の産業として発展させようと、 明治23年、当時の大里村諸に「第一純水館」として 建設したのが始まりです。
製糸工場の建設には水車の動力源や繭を煮るのに適した 良質な大量の水と広い土地が必要。 「弁天の清水」を始め、豊富な水があり、傾斜が続く諸は、 製糸業を営むには最適な場所で、 小山久左衛門はこのことから諸での操業を始めました。
諸の「第一純水館」は工場拡大に伴い 明治35年に閉鎖されますが、 その後、地元の餐場喜一郎氏が 「諸純水館」として引き継ぎ、 昭和5年まで操業を続けました。
この日は 駒沢大学文学部地理学科教授の鈴木秀和さんが 「水の恵み~浅間山麓の水の豊かさについて~」 と題して講演。 その中で鈴木教授は、 諸の「弁天の清水」についてこう話しました。
さらに鈴木さんは、 「弁天の清水は、 標高およそ1400メートルの高峰山中腹で降った雨や雪が、 40年から50年かけて、今湧き出している。」などと 過去の調査結果から推定し説明しました。
この他にも小諸市に 硬水と軟水が共存する理由などについて解説し、 訪れた人たちは興味深そうに耳を傾けていました。
鈴木さんの講演に続いて、 コミュニティテレビこもろ報道制作部長の 後藤理恵チーフキャスターが演台に立ちました。
後藤キャスターは、 諸に出来た第一純水館にまつわる歴史などについて、 2007年に制作した番組 「シルクの里小諸 純水館ものがたり」の一部の上映を交えて 説明しました。
講演に続いて、後藤キャスターの案内で 諸区内のまち歩きも実施。 参加者らは、諸に製糸工場ができた 最も大きな理由であった 「弁天の清水」を見学した他、 第一純水館閉鎖後、諸純水館として 経営を引き継いだ 餐場喜一郎氏の子孫が暮らす家で 「諸純水館」の資料などを 見て回りました。
かつて工場があった場所なども回り、 参加者らは製糸業が盛んに行われていた時代に 思いをはせている様子でした。
清水さん 「諸は純水館発祥の地でございますので、 どういう風に企画をしたらよいかと 一番長く深めていたところでございまして、 今回は三味線の弦が絹、 そしてお水がなければ生糸ができない、 そして後藤理恵さんのまち歩き、楽しかったです。 とても歴史を知ると昔のこと、 先人に学ぶことがとてもあって、 とても温故知新、新しきを知る。 そして諸はロマンを兼ね備えた場所だと思っております。 たくさんの方にお出でいただいて、 会場がいっぱいで本当にありがとうございました。 第9弾は渋沢栄一資料館に二階建てバスツアー。 そしてその後は新しい時代に向けて、 デジタル化、資料を どういう風に公表していくのか こういったことを深めていく方が 集まってきていますので楽しみです。」